| 元々は |
吉祥天は「功徳天」「宝蔵天」とも呼ばれ、インドのヴィシュヌ神の妃で福徳を司るラクシュミーであるという説が有力。仏教でも早くから取り入れられ、
徳叉迦竜王が父、鬼神母神がで、毘沙門天の妃ということになっている。名前の通りに富と豊饒の神。七福神が定まる前は福禄寿にかわって七福神にも加えられたほど。 |
| 経典と信仰 |
日本では8世紀初め、「金光明最勝王経」が訳されると、主に貴族に崇拝され、多数の吉祥天像が作られた。金光明最勝王会や吉祥悔過会(けかえ)の本尊として、鎮護国家、五穀豊穣、滅罪招福が祈願された。しかし、中世になると民間に信仰が広まることなく、天女としては弁才天に地位を譲ることになった。 |
| 吉祥天像の形 |
中国では釈迦如来や千手観音の脇侍として毘沙門天とともに安置される。
我が国では鬼子母神と同じように極彩色像で作られる場合は殆ど。左手には如意宝珠を持ち、右手は与願印か施無畏印をむすぶ。
二臂像で唐服を着、荷葉座(かしょうざ)に乗る。陀羅尼集経(だらにじっきょう)には宝冠をつけ装身具で身を飾り右手は与願印か施無畏印を結ぶと記されている。 |
| 功徳は |
家内安全 罪障消滅 財宝金銭 商売繁盛 富貴繁栄 国土安穏の功徳があるとされる。 |